ある行政書士の方の記事が、SNSなどで波紋を呼んでいます。
近年、「外国人の生活保護受給」が議論の的となっています。ネット上でこの話題が出るたびに炎上し、極端な意見が飛び交います。「日本人にはなかなか生活保護が下りないのに、外国人にはすぐ支給される」という言説が特に目立ちますが、行政書士の視点から見ると、これは完全な誤解です。
では、なぜこうした誤解が広まったのでしょうか。その背景には、2010年に大阪市で発生した「中国人生活保護大量申請」問題がありました。本記事では、この事件の詳細と、日本の生活保護制度における外国人の扱いについて解説します。
2010年、大阪市で起きた「中国人生活保護大量申請」問題
2010年、大阪市で中国人48人が生活保護を申請したことが大きな問題となりました。
5月から6月にかけて、中国・福建省出身の残留日本人孤児の姉妹の親族とされる48人が「老人の世話をする」目的で来日しました。彼らは「定住者」の在留資格を取得し、入国直後に大阪市内の5つの区役所で生活保護の受給を申請しました。
大阪市は7月、48人のうち32人に生活保護の支給を決定し、そのうち26人に実際に支給しました。しかし、大量申請が発覚したことで「生活保護受給目的の入国」ではないかという疑念が生じ、大阪市は支給打ち切りの方針を発表。8月には過去5年間の類似ケースを調査し、9月までに48人全員が申請を取り下げました。
大阪市はこの問題を受けて入国管理局に対し、彼らの在留資格の再調査を要請。その結果、全員の在留資格が「定住者」から「特定活動」へと変更されました。
この事件は、入国管理局の審査の甘さや、大阪市の苦しい立場を浮き彫りにしました。
外国人は生活保護を受けられるのか? 法制度の現実
そもそも、日本に住む外国人は生活保護を受給できるのでしょうか?
生活保護法では、生活保護の対象を「すべての国民」と定めています。ここでいう「国民」とは、日本国籍を持つ者を指します。つまり、法律上は外国人に生活保護の受給権はありません。
しかし、1954年に厚生労働省が出した通知「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」により、日本国籍を持たない外国人にも「日本人と同様の基準で生活保護を適用する」とされました。この通知は現在も有効で、行政の運用として外国人の生活保護が認められています。
また、2014年の最高裁判決でも「外国人は生活保護法に基づく受給権を有しない」としながらも、「行政庁の裁量による支給は可能」との判断が示されました。つまり、生活保護法上の権利ではなく、行政の裁量による措置として外国人の生活保護は実施されています。
生活保護を受給できる外国人の条件とは?
ただし、日本に住むすべての外国人が生活保護を受給できるわけではありません。対象となるのは以下の在留資格を持つ人に限られています。
- 身分系在留資格(永住者、定住者、永住者の配偶者等、日本人の配偶者等)
- 特例法の特別永住者(在日韓国人、在日朝鮮人、在日台湾人)
- 入管法上の認定難民
これら以外の外国人、例えば就労ビザ(技術・人文知識・国際業務、技能、経営管理など)で滞在している人や、難民申請中の人は生活保護を受けることができません。また、「定住者」などの身分系在留資格であっても、生活保護を受給すると在留資格の更新が難しくなる可能性があります。
2010年の事件が示した「ずさんな在留資格の認定」
話を2010年の大阪市の事件に戻しましょう。問題となった中国人48人は「定住者」として来日しましたが、入国管理局の審査のずさんさが明らかになりました。
当時の報道によると、生活保護申請者の中には在留資格認定申請書の「職業」欄に「生活保護」と記入していたケースもありました。また、扶養者の職業欄にも「生活保護」、さらには「区役所」と記載されていた例もあったと報じられています(日本経済新聞 2011年4月27日)。
入管法では「貧困者、放浪者等で生活上国や地方公共団体の負担となるおそれのある者」は上陸を拒否すべきとされています(入管法5条3項)。しかし、この事件では審査が適切に行われず、生活保護を前提とした入国が認められてしまいました。
行政書士の視点から見ると、通常の審査ではあり得ないことです。
大阪市の「難しい立場」
生活保護申請を受け付けた大阪市の立場は非常に難しいものでした。
- 入国管理局の審査ミスにより、本来なら入国を認めるべきでなかった人たちが「定住者」として来日した。
- 大阪市には、生活保護申請をより深く調査する仕組みがなかった。
「定住者」の在留資格を持つ外国人は、通達により日本人と同じ基準で生活保護が適用されます。大阪市としては、彼らの申請を拒否する法的根拠がなかったのです。その結果、いったんは支給を決定せざるを得ませんでした。
当時の平松邦夫市長も「国が無責任な法律の運用をすることで、大阪市が何の裁量権もなく生活保護を適用せざるを得ない状況は、市民の理解を得られない」と苦言を呈していました。
事件後、外国人の生活保護申請はどう変わったのか?
この事件を受け、2011年に厚生労働省は「外国人からの生活保護の申請に関する取扱いについて」という通知を発出しました。これにより、外国人が生活保護を申請する際に以下の書類が必須となりました。
- 雇用予定証明書(生活費を賄えることを証明)
- 経費を負担する者の収入証明
- 身元保証人の保証書
- その他、生計維持能力を証明する資料
これにより、入国間もない外国人が安易に生活保護を申請することは事実上困難になりました。
「明日は我が身」――冷静な議論を求めて
外国人の生活保護をめぐる議論では、ヘイトスピーチやデマが横行しています。しかし、生活保護は誰にとっても必要なセーフティーネットです。極端な意見に流されず、冷静に制度を理解することが重要なのではないでしょうか。